学び方を、もっと自分らしく。
大人の英語学習を考える読みもの。

学習計画・継続

「私はこれで英語が上達しました!」体験談を参考にするときに考えてほしいこと

junko

「私はこの教材で英語が話せるようになりました」
「この練習を毎日続けたら、英語力が伸びました」

こうした体験談を読むと、自分もやってみたくなりますよね。実際に上達した人の話は励みにもなります。

ただ、その人と同じことをすれば、自分も同じように上達するのでしょうか。

英語を教えるようになって15年。私は経験を重ねるほど、「これをやれば上達します」と一言では言えなくなってきました。

実は、講師になったばかりの私は、もっと単純に考えていたのです。

自分に効果があった練習を、みんなにも届けたかった

私が英語講師になったのは、自分が上達できた方法を伝えて、英語に苦労している人の役に立ちたいと思ったからです。

特に効果があったと感じていたのは、瞬間英作文と、リピーティング・シャドーイングを含めた音読練習。この二つを中心にレッスンを始めました。

今でも、どちらも大切な練習だと思っています。

けれど、たくさんの生徒さんと長く取り組むうちに、同じ練習でも、進み方やつまずくところがずいぶん違うと分かってきました。

すでに知っていることも、それまでの勉強の仕方も違います。同じ教材を使っていても、意味をしっかり理解して取り組んでいる人もいれば、いつの間にか表面だけをなぞる練習になっている人もいます。

そもそも、その練習がどうしても好きになれず、続けること自体が苦痛な人もいる。

自分の成功体験だけでは、目の前の生徒さんのことを十分に説明できなかったのです。

振り返ると、私はほかにもいろいろやっていました

もう一つ、後から気づいたことがあります。

私は瞬間英作文と音読で伸びたと思っていましたが、当時の生活を振り返ると、できそうなことは何でもやっていました。

フィリピン人講師との25分のマンツーマンレッスンを毎日受け、ときにはお気に入りの講師のレッスンも追加して、1日に一つか二つ。

大手の英会話スクールにも通い、仲良くなった講師と出かけたり、観光を案内したりしていました。

ドラマや映画はまだよく分からなかったので、パペットが出てくるような子ども向け番組を見ていました。ピンズラーの英語教材にも取り組みましたし、文法もかなり勉強しました。

さらに、日常の中でも英語のことを考えていました。

バスに乗れば、「バスに乗るって英語でどう言うんだろう」。お金を払えば、「お金を払うはどう言うのかな」。

そんなふうに、生活のあちこちで英語を考える習慣ができていたのです。

では、その中で何が、どれくらい上達につながったのでしょうか。

正直なところ、私自身にも切り分けられません。瞬間英作文と音読が役に立ったという実感はあります。でも、ほかの経験がなくても、同じように上達していたかどうかは分からないのです。

「一番頑張ったこと」が「一番効いたこと」とは限らない

私が二つの練習を高く評価していたのは、それだけ一生懸命取り組んだから、という面もあったのかもしれません。

頑張って繰り返した練習は、よく覚えています。「これだけやったのだから、役に立ったはず」と思いたくもなります。

一方で、講師と出かけて話した時間や、生活の中で「英語ならどう言うかな」と考えた時間は、勉強として数えていなかったかもしれません。

私が「瞬間英作文と音読で上達しました」とだけ伝えたら、そうした背景は抜け落ちます。

体験談に書かれた練習法は、その人がしてきたことの一部分かもしれない。上達した本人にも、何が効いたのかは見えにくいことがある。

体験談を読むときには、ここを少し心に留めておいてほしいのです。

自分に必要な練習を、どう考えればよいのでしょう

同じ「英語が話せない」という悩みでも、基本的な文の作り方が曖昧なのか、知っている表現をすぐに取り出せないのか、相手の話が聞き取れないのかで、考えることは変わります。

誰かにとって役立った練習が、今の自分の課題に合っているとは限りません。

一つの方法は、こうした違いや学習の仕組みを理解している講師・コーチと、自分の状態を一緒に見ていくことです。

そして、自分でも学習について知ることを大切にしてほしいと思っています。

第二言語習得の研究なども参考にしながら、「この練習では何を鍛えるのか」「なぜ役に立つと考えられているのか」を理解する。そこから、自分に足りないところと照らし合わせてみる。

研究にも対象者や条件の違いはありますから、一つの研究で自分に合う方法が決まるわけではありません。それでも、体験談や自分の感覚だけで判断するより、考える手がかりが増えます。

「効きそうな気がする」「たくさん頑張った」という実感だけに、頼りすぎないでほしいのです。

楽しさと、効果への納得を大切にする

ただ、理屈が分かれば、苦痛な練習でも何でも続けるべきだとは思いません。

ある程度は楽しくないと、やはり続きません。「楽しそうだな」「これなら取り組めそうだな」という観点で選ぶのは、よいことだと思います。

そのとき、楽しいことと、ただ楽なことは分けて考えたいですね。

頭を使ったり、何度も練習したりする場面はあります。「なぜこんなことをするんだろう」と思いながら続けるのはつらいものです。

でも、その練習の目的が分かり、自分に必要な力につながると納得できていれば、多少しんどくても取り組めることがあります。

私が大切にしたいのは、この納得です。

体験談をきっかけに、新しい練習を試してみる。そのとき、教材や方法の名前だけでなく、その人がほかに何をしていたのか、その練習にはどんな目的があるのかにも目を向けてみてください。

自分の今の課題に合っているか。続けていける楽しさがあるか。そして、何のために取り組むのかを理解できているか。

誰かの成功体験を、自分の学習に役立てるために。そこまで一緒に考えていくことが大切だと思っています。

エプラの英語手帖|記事一覧へ